「まあいっか」は最強の思考
弱者が自分を守るための思考の極致
何かに裏切られたり、傷つけられたり、思いもよらないアクシデントでうまくいかなかった時、人はすげえ凹みますよね?
当然僕もそうです。
でも凹んだあと、多くの人はすぐ立ち上がろうとします。「グチグチ言ってもしゃあない」「足を止めても意味なんかねえ」「次がんばろ」って自分に言い聞かせて、強くあろうとするワケですね。イイ人ほど、意識が高い人ほど、正義感が強い人ほど、強く振る舞おうとする傾向があると僕は思ってます。
ただハッキリ言うと、大半は「やせ我慢」なんですよね。
無理にポジティブへ持っていこうとして、心に鞭を打って前を向いてるだけ。その場はしのげるかもしれません。でも我慢した分の反動は、チリツモでいずれ自分に返ってきます。強くあろうとしたはずが、逆に自分をすり減らしていく。完全に本末転倒だと思いませんか。
僕自身、挫折も裏切りも、人から傷つけられた経験も何度もしてきました。真面目な人、働き者、イイ人ほどバカを見る。クソみたいな社会が昔から嫌いでした。
今でも嫌いです。
ただ、ひた向きにズルをせず、バカ正直に前へ進むタイプの人間に、僕がどうしても持っておいてほしい思考が1つだけあります。
「まあいっか」です。
はあ?って思いました?すみません、大真面目に言ってます。
「まあいっか」は投げやりとは違う
「まあいっか」をぱっと見ると、捨て鉢とか、投げやりとか、諦めとか、逃げとか、いろんな受け取り方ができそうですが、
僕に言わせれば、「まあいっか」は最強の思考です。
理由は、最初から期待をしないからなんですよね。100%ダメ元で物事に取り組むワケじゃないです。でもうまくいったらラッキー、ダメだったら「まあ世の中うまくいかないもんよね、まあいっか」って受け流す。やせ我慢とは違って、心をすり減らさずに、身軽なまま次のリベンジへ動ける。
我慢して立ち上がるんじゃなく、そもそも折れないための構えってことです。
銀座のママに教わった口グセ
昔、関係を持っていた銀座のママが、口グセのように「まあいっか」と言っていました。
長年、銀座でシノギを削って成り上がってきた人で、芯の強さと余裕があって、ハキハキした表情とハッキリした物言いが僕は好きでした。ただ、よくよく話してみると、表から見えるオーラは一面でしかなかったんですよね。内面の根っこは、超絶ネガティブでした。
だから僕は思わず聞きました。なぜそんなに強くいられるのか、と。
彼女は笑い飛ばして、こう返してきました。「期待なんてしないわ。世の中は上手くいかないものだし、ダメでもまあいっかって思えば、次がんばれるじゃない?」
大真面目に聞いた自分がバカみたいでした。でも不思議なもので、窮地に陥るたびに、彼女の「まあいっか」が僕の頭に降ってくるんですよね。だから自分なりに解像度を高めて、大事な考え方の一部として吸収してやりました。
弱者が自分を守るための思考の極致
真面目な人、イイ人ほどバカを見る世の中で、自分を守る。弱者のための思考の極致が「まあいっか」だと僕は思ってます。
不真面目でズルい嫌な奴ほど、トラブルやアクシデントの嗅覚が鋭いです。だからなかなか天罰もくだらないし、他人の成果の横取りも上手くやりのけます。
一方で、僕みたいに人をすぐ信じてしまう正直者は、「まあいっか」の精神がないとどこかで疲弊します。疲弊した果てに、人へ希望を持てなくなる。
それはとてもさみしいことです。
結論、真面目に生きてる人ほど「まあいっか」を武器にしてほしいです。もし読んでるあなたが、嫌なことがあったり、辛かったり、思うような結果が出ない渦中にいる1人だとしたら、心の片隅に置いてみてください。
「まあいっか」


うつになって退職することを3回も繰り返していた頃の自分に読ませてやりたいと思いながら、記事を読んでいました。
真面目すぎるっていうのも考えものですよね、、、